やすぴか日記

日常の出来事と過去の思い出の記録

この本を読むのは秋まで待て

 「月の満ち欠け」(佐藤正午 岩波書店)を読んだ。2017年の直木賞受賞作で、映画化されたので、読んだ方も多いだろう。私は、何の先入観もなく読んだので、読み始めてしばらくは、話の内容がよくわからなかった。話の視点も章ごとに変わり、時間軸も人間関係もよくわからないまま進むのだが、読み進めるにつれ徐々にわかってくる展開だ。わかってくるとすっきりし、前に戻って読み直したりする楽しみもある。しかし個人的には、この本は多少予備知識が会ったほうが、面白く読めるのではないだろうか。

 この話は、生まれ変わりの話である。「月の満ち欠けのように、生と死を繰り返す」「あたしは、月にように死んで、生まれ変わる」。タイトルはそんなシャレた意味だったのね。結婚生活がうまくいかない主人公の女性と大学生の男性が出会い、深い仲になったのだが、女性が不慮の事故で亡くなってしまう。その後、前世の記憶を持ったまま別人として生まれ変わり、再開を果たすためにその男性を探すというストーリーだ。しかし生まれ変わりなので、女性の方はまだ子供だし、男性は歳をとっていくし、しかも女性はなぜかすぐに事故で亡くなって、3度生まれ変わる。最後は50代と7歳で再開を果たすのだが、そこまでの愛情って、まさに執念。

 女性が別の家族の子供に生まれ変わり、ある歳になると前世の記憶がよみがえる。その時の家族のとまどいや気持ちの揺れ動き、また元自分の子供が他人の子供に生まれ変わっている複雑な関係性など、小説としては非常に面白い。また、直接的には書かれていないが、生まれ変わった子供の母親や、主人公の女性の夫も生まれ変わっているのではないかと思わせるシーンも出てきて、なかなか奥深い話になっている。

 生まれ変わりの小説はたくさんあると思うが、私が思い出したのは「ライオンハート」(恩田陸 新潮文庫)である。これを機会に3度目の再読をしてしまった。これは「月の満ち欠け」とは、シチュエーションもストーリー展開も全く違う。イギリスが舞台で、愛し合った男女が時空を超えて何度も出会う話なのだが、生まれる時代もお互いの年齢もバラバラ、出会える時間はほんの少し、しかも相手も記憶が無い状態で出会い、相手が思い出した時に、お互いの愛を確かめ合うのだが、すぐに別れが来てしまう。そしてまた違う時代に生まれ変わるという繰り返しである。

 これまた時系列が前後して、しかも数十年単位で時代が変わるので、一度読んだだけではまったくわからないため、再読必須である。しかし、章ごとの扉絵と話の関係性やイギリス王室との関連など、緻密なストーリー展開や文章表現の美しさは、直木賞作家の恩田陸ならではの高度なすばらしい小説である。

 生まれ変わりを信じるか信じないかは人それぞれである。自分の家族や友人が、もしかして誰かの生まれ変わりかもしれない。それは本人にしかわからない。あなたの子供が、ある日昔の記憶を取り戻し、誰かを探しに家を出て行ってしまうかもしれない。そんなことを考えながら落ち着いて読むには、いささか暑すぎた。

 この2つの小説は、月を眺めつつ妄想にふけりながら、秋の夜長にじっくり読むことをお薦めする。