やすぴか日記

日常の出来事と過去の思い出の記録

父と本と私とマンガ

 亡き父は読書家で、時間があるといつも本を読んでいた。父は小学校しか出ていないので、会社に入ってからとても苦労したと言っていたが、調べてみると昭和初期の義務教育は尋常小学校の6年間だけだったようなので、事実だったと思う。そのため、学が無いことへのコンプレックスがあり、勉強するために本を読むようになったと言っていた。

 父は若い頃から胃潰瘍を患っていたので、家にいるときはいつもリビングのソファに寝転んでおり、寝転びながら本を読んでいた。思い立つと本屋で大量に購入してきて、読みかけの本をソファの下に入れて、取り出しては読んでいた。

 家には大量の本があり、本棚に入り切らずに、押し入れの天袋にも本が大量に収納されていた。それでも収納場所が足りなくなってくると、廊下に天袋を後付けして収納場所を作ったり、ついには業者を読んで、リビングの壁一面を本棚にして、そこに本を並べていた。

 そんな読書家の父がいたにも関わらず、私は当時ほとんど本を読まなかった。その代わりマンガが大好きで、いつもマンガを読んで過ごしていた。なぜか厳しい父親もマンガを読むことは否定しなかった。それどころか父も結構マンガを楽しんで読んでいた。そのため私の本棚には、自分で買ったものや親に買ってもらったものを含め、大量のマンガがあった。

 懐かしいので、主に小学生から高校時代のものを思い出す限り列記する。巨人の星タイガーマスク、荒野の少年イサム、ど根性ガエル天才バカボンカムイ伝、サスケ、サイボーグ009アタックNo.1、エースをねらえ、ベルサイユのばらポーの一族ドカベン野球狂の詩、キャプテンハーロック鉄腕アトム火の鳥ブラックジャックリングにかけろうる星やつら、タッチ・・・等々。その後、20代くらいまでは結構マンガを読んでいたが、現在定期購読しているのは、ワンピースだけである。

 30代以降はなぜか読書に目覚め、子供の頃に父親の姿を見ていたからなのか、血を受け継いでいるのかわからないが、現在は結構本を読んでいる。通勤の往復、会社の昼休み、休日の暇な時間に本を読んでいる。月平均5〜6冊程度読んでいる。

 本を長年読んでいると、活字に慣れてくるとともに、読むスピードも早くなり、理解力も向上する。こうなると、ますます読むことが楽しくなるし、知識欲も出てきて、次から次へと読みたい本が出てくる。最近では、本を読んでいないときは、なにか字が書いてあるものを読んでいる。新聞、雑誌はもちろん、テレビも画面に出ているテロップは必ずすべて読む。外にいても、看板の文字や電車のつり広告、走っているバスや車のボディに書いてある文字までも読む。もはや活字中毒かもしれない。

 以前は本を読み終わると内容をすぐに忘れてしまっていたのだが、最近ではブログを書いたり、再読したり、妻に説明したりするので、覚えていることが多くなった。この年になって、ようやく父の域に達したのかだろうか。

 逆に、最近はマンガを読むことが苦手になってきた。マンガは絵と文字を両方読まなければならないし、たくさんのキャラクターの顔と名前を覚えなければならないので、すぐに疲れて集中力が続かない。昔は何冊も立て続けに読めたのに、今は1冊読むのもひと苦労だ。年をとったせいもあるかもしれないが、もしかしたら本とマンガは使う脳が違うのだろうか。だとすれば、両方スムーズに読むことができれば、年老いた脳の刺激になって良いかもしれない。