やすぴか日記

日常の出来事と過去の思い出の記録

小説「陰陽師」の魅力を語る

 「陰陽師 鼻の上人(しょうにん)」夢枕 獏(文春文庫)を読んだ。「陰陽師」シリーズは、平安時代の都で、死霊や生霊、鬼などを相手に、陰陽師安倍晴明が、不可思議な難事件をあざやかに解決する物語である。

 「陰陽師」は35年以上続くシリーズで、文春文庫から発行されている分として、本日現在、基本の短編シリーズが16冊、今回読んだ絵物語シリーズが4冊、関連本が5冊ある。私も昔から読んでおり、本棚を調べると、ほとんど所有していた。

 陰陽師の魅力はたくさんあるが、まずは主人公の安倍晴明(あべのせいめい)がかっこいい!生霊や鬼たちが、都で起こす恐ろしく不可思議な事件を、式神を自在にあやつり、すべて見通し、あらかじめ手をうって、最後は現場に行って見事に解決する。まさにスーパーマンである。

 2つ目は、晴明の親友であり、笛の名手の源博雅(みなもとのひろまさ)との掛け合いである。各物語は、二人が酒を酌み交わしながら、庭を眺めて季節の美しさを語り合っているところから必ず始まるのであるが、そのうち巷に起きている謎の事件の話に移る。そして、晴明がその現場から依頼を受けて、これから行くところだと説明し、博雅も誘われて一緒に行くことになるという、お決まりのパターンだ。

 そのセリフもお決まりである。「では、一緒にゆこうか」「う、うむ」「では、ゆこう」「ゆこう」そういうことになったのである。

 そして、何よりの良さは、文章の美しさである。晴明の屋敷の庭は、季節によって景色が移り変わるのであるが、木々や花などの自然の表現がすばらしい。

 一部引用すると、「満開の桜が、光の中で静かに揺れている。揺れるたびに、ひとひら、ふたひら、はなびらが枝からこぼれていく。」「しかしどれだけ散っても、どれだけ散り続けても、桜の花びらはいくらも減ったようには見えない。無限の刻が、満開の桜の中には閉じ込めれれているようだであった。」(女の蛇ノ巻 「傀儡子神」より) 

 「夏は、終わりかけている。しかし、蝉の声はいっこうに減らず、むしろ夏の盛りの頃より、いっそうかまびすしいくらいである。」「けれど、夜にともなれば、思いがけずに涼しい風が吹き、くさむらで鳴く虫の音(こえ)も、いつの間にか秋の虫のそれにかわっている。」(女の蛇ノ巻 「竹取の翁」より) 

 なんと流れるような美しい文章であろうか。毎回このような表現があり、晴明の庭の景色が目の前に見えるかのようである。

 そして、擬音の使い方も良い。獣の声は「あおおおおおおん・・・」、うなり声は「むむむむんむむう・・・」、琵琶を弾く音は「びょお・・・びょお・・・」、酒を飲む様子は「ほろほろ」、そして何と心音は「のん、のん」。なんという表現力!

 そしておなじみのキャラクターも魅力的である。もちろん安倍晴明は聡明、冷静でかっこいい。親友の源博雅は、根っからの真面目で純粋無垢、でもやっぱりかっこいい。そして晴明の悪友でありライバルの蘆屋道満(あしやどうまん)は、酒のために事件をかき回してしまうのであるが、憎めない男である。

 短編なので、どこから読んでも楽しめる作品だ。この文章の世界を知らないのはもったいない。もう一度最初から全巻読み直すとしようか

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